松阪"裏"観光・奇物案内
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城のある町にて、ある城のお話
 
梶井基次郎の掌編「城のある町にて」より抜粋

「家の近所にお城跡がありまして峻の散歩にはちょうど良いと思います」姉が彼の母のもとへ寄来した手紙にこんなことが書いてあった。着いた翌日の夜。義兄と姉とその娘と四人ではじめてこの城跡へ登った。
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(中略)
今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町はいらかを並べていた。
 白堊はくあの小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナくずめいて、緑色の植物が家々の間からえ出ている。ある家の裏には芭蕉ばしょうの葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好かっこうに刈られた松も見える。みなくろずんだ下葉と新しい若葉で、いいふうな緑色の容積を造っている。
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(中略)
それはただそれだけの眺めであった。どこを取り立てて特別心をくようなところはなかった。それでいて変に心が惹かれた。
 なにかある。ほんとうになにかがそこにある。と言ってその気持を口に出せば、もう空ぞらしいものになってしまう。
 たとえばそれを故のない淡い憧憬しょうけいと言ったふうの気持、と名づけてみようか。誰かが「そうじゃないか」と尋ねてくれたとすれば彼はその名づけ方に賛成したかもしれない。しかし自分では「まだなにか」という気持がする。
 人種の異ったような人びとが住んでいて、この世と離れた生活を営んでいる。――そんなような所にも思える。とはいえそれはあまりお伽話とぎばなしめかした、ぴったりしないところがある。

 なにか外国の画で、あそこに似た所が描いてあったのが思い出せないためではないかとも思ってみる。それにはコンステイブルの画を一枚思い出している。やはりそれでもない。
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(中略)
 夢で不思議な所へ行っていて、ここは来た覚えがあると思っている。――ちょうどそれに似た気持で、えたいの知れない想い出が湧いて来る。
「ああかかる日のかかるひととき」
「ああかかる日のかかるひととき」
 いつ用意したとも知れないそんな言葉が、ひらひらとひらめいた。――
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夭折の作家、梶井基次郎(1901-1932)の掌編小説「城のある町にて」(1925年)の舞台が松阪の地であるのは皆さんのよく知るところです。松阪城址にはこの小説の立派な顕彰碑がうちたてられています。 さて、城の石段を登り、往時の作家さながら「城のある町」を見下ろしてみましょう。すると、何たることか、市中にもうひとつ和城が?! 大通りからは見えず、高台からのみ見渡せる緑青屋根の雄姿。初めて来松された方の多くが驚き、訝るこのミステリー。タネを明かせば歯医者さんの私邸、趣味の建物です(新座町のとある細道からは、その全景を拝することが出来ます)。

「……どんな手品師もかなわないような立派な手品だったような気がした。」(前掲小説より)

作家が町を訪ねる遥か以前から、松阪城址には、城郭、櫓、天守閣など、あらゆる城砦建造物が存在しませんでした。小説の主人公「峻」は、「姉の家」に滞在中、城跡に幾度となく足を運びます。その度ごとに町の情景が写し出されます。ところで、城中についてはどうだったでしょう、人造物らしい人造物が見出されたでしょうか。城中に城砦ありなどとは読者の勝手な思い込み。「城のある町」には「立派な」石垣山しかないのです。

 
蛇足的補筆

作家来松の当時(大正時代)の松阪城址は、「松阪公園」と呼ばれ、連日露天商が居ならぶ一大観光娯楽施設として活況を呈していたそうです。

公園内ニハ藤ノ大樹ガアリ三十間四面ニ亘リ其名声全園ニ冠タリ五月中旬最モ花見頃ナラントス

大正9年に作成された注釈つき手書き市街図を見ると、徳川陣屋と呼ばれた松阪城二の丸跡地には、名所藤棚、動物園(おそらく幾つかの見世物獣舎からなる)、料理店の名前が大きな文字で記されています。

八千代の所へ上って来て、大きな藤棚があり[<そこ>]街を見晴らした庭がある、これを自分は「こゝの庭ですか」ときいたら、「ちがひます」と兄答え、而も私はそこへゆくのが心栄えしなかった。Yだったら、そんな八千代はとり払ってとまへといふだろう、と思った(後で)、その代り彼がこゝの亭主だったら、庭でやかましく云ふ子供を追払ひかねないと思った、――こんなことがあった。(筑摩書房版「梶井基次郎全集」別冊第三ノート306ページより抜粋)

勘の良い皆さんはもうお解りでしょう。八千代料理店こそが創業当時の弊館のことなのです。

 
奇物案内とは?

バビロンの空中庭園、ロードス島の巨像、ギザのピラミッド……、その他4つの注目すべき建造物。
Seven Wonders of the World
情報の散逸、テクノロジーの忘却により、聡明なる古代ギリシャの哲人、聖賢をも驚嘆せしめた「世界の七不思議」。
松阪裏観光・奇物案内とは、松阪の町の不思議な建築物、人造物を写真つきで紹介する、わがまち冗談画報、観光のほんの余興です。

 
奇物案内今後の予定

その弐 奇っ怪、箱の中の座人像

その参 悲哀、忘却の巨人像拝殿

その四 剛力像、にべも無し

 
写真について

上から順に

写真1 弊館2F客室より展望

写真2 新座町より撮影

写真3 新座町、新町境界細道より

写真4 同上

写真5 新町大通りの歯科玄関